大きなカン違い

平成29年5月22日(月) 掲載

先日、歯周病の発作で上の前歯の歯グキが腫れて、「物が噛めないので、何とかして欲しい!」と52歳の男性の方が来院されました。
 早速、口の中を診てみると、上の前歯6本はすべて陶器でできたメタルボンド冠(保険適応外)で、中央部の歯グキが窮屈そうに赤く腫れて盛り上がり、指で押さえると少し張りがあって、たぶん更に強く押すと、今にも中からウミが弾け出そうな状態でした。
 次に、患部のX線(レントゲン)を撮影して歯の周囲の状態を確認しました。
 メタルボンド冠が被せてある歯は、根菅治療(歯の根の神経が入っていた管の中の治療)が完璧に行われていて、歯についてはまったく問題はありません。
 しかし、歯の周囲を診ると、歯を支えている骨(歯槽骨)が無くなり、歯周病がかなり進んでいる状態でした。  
 「ここは、以前にも腫れたことがありますよね?」と問いかけると、「2、3カ月に1回程度腫れてます。その度に、腫れているところを指で強く押さえたり、歯ブラシで擦ると血やウミが出て楽になったのですが、こんなに腫れたのは初めてです」と応えてくれました。
 とりあえず、腫れている歯グキを切開してウミを出し、あとは抗生剤や消炎剤で腫れを押さえていくことにしました。
 「腫れが治まって落ち着いたら、本格的に治療しましょう。ただ、真ん中の2本は状況的に残すのが難しそうですね。となりの歯への影響も考えると、抜いた方がいいと思いますよ!」と進言すると、「先生、この歯は保険の利かない丈夫な歯ということで治療していただいたのですが、その歯が駄目になるなんて・・・」と落ち込んでみえました。
 確かに、メタルボンド冠は保険の利かない丈夫な歯です。
 強度もあり、変色や汚れも付きにくく、自然の歯に比べても遜色のないもので、既に入れたから10年以上も経っていましたが、歯としての機能は、全く失っていません。
 しかし、今回の問題は、歯そのものが悪くなった訳ではなく、歯を支えている歯の周囲の骨(歯槽骨)や歯グキの状態が悪くなってしまったことです。    
 保険の利かない丈夫な歯を入れることは、審美的にも機能的にも、さらに長持ちもしますが、歯周病によって、歯の周囲が悪くなってしまったら、「保険でできる冠」であっても、「保険が利かない冠」であっても、まったく意味のない「ただの被せ物」になってしまいます。
 「高価の歯だから大丈夫」、「ムシ歯の治療をしたから安心」などと、治療後のケアを怠ると、歯周病によって、折角治療した歯が「水の泡」となることがあります。
 定期健診やアフターケアを忘れないでほしいと思います。
 次は、出産後に来院された若いお母さんから、「妊娠中に歯が悪くなったのは、赤ちゃんにカルシウムを取られたせいですか?」と質問を受けました。
 確かに、「産後にムシ歯が増えたとか、歯グキから出血するようになった」など、いままでに何回も同じことを聞かれたことがあります。
 カルシウムは、歯や骨のような硬い組織を作ったり、神経や筋肉の活動に重要な働きをします。
 蓄積されたカルシウムは、骨から血液中に溶け出し、再び取り込まれたりして、常に一定の濃度で血液中に存在しています。
 しかし、歯に添加されたカルシウムは、血液中に戻ることなく、ずっとそのままの状態で歯の中で維持されます。
 したがって、お母さんの歯に取り込まれたカルシウムは、赤ちゃんに取られることはありません。
 では何故、産後にムシ歯や歯周病になってしまったのかというと、妊娠中はホルモンのバランスが崩れ、粘膜の抵抗が弱まり、妊娠性口内炎や妊娠性歯肉炎が発生しやすく、特に悪阻(つわり)の最中は、口の中が酸性になり、歯ブラシを口の中に入れただけで、吐き気を引き起こし、さらに食生活の変化(偏食)により、ムシ歯や歯周病になりやすい環境になります。
 よって、カルシウムを赤ちゃんに取られたのではなく、日頃の生活習慣の欠如によって、「ムシ歯」や「歯周病」が引き起こされたのです。
 最近では、歯周病と「早産」や「低胎児出産」との関わりもクローズアップされています(歯周病のない人の7倍の発生率)。
 妊娠中の口の中は、普段より劣悪な環境になりやすく、産後に歯科医院を訪れる方も多くおられます。
 妊娠初期、悪阻のおちつく妊娠4カ月頃、出産前に、口の中の健診を受けられることをお勧めします。
 また、治療が必要な場合は、安定期といわれる妊娠5~7カ月頃に処置することが安心です。